眠ることが苦手な少年だった。
夜がくると眠れずに不安だった。
父の寝息の横で、いつもとても孤独だった。
眠れない夜は、天井のシミを数えたりしてしまう。
幽霊の出現を想像してしまう。
エアコンの風で震えるガラス戸にビクビクしてしまう。
親の老後の心配をしてしまう。
大切な人の死期を思ってしまう。
眠れない夜は、悪い考えばかりが浮かんで、早く眠ろうと奮闘するのだけれど、そんな夜に限って、想像力の豊かさがマイナス方向にループする。
瞼を閉じても、その瞼の裏側をこの目で見ているような錯覚に陥ったり、鋭くなった聴覚が木造二階建てのラップ音を聞き逃さなかったり、、、少し発狂しそうになる。
眠れずに尖っていく神経は、夜に余計な爪痕を残そうとする。
そうやって、眠りは朝の方角に遠ざかっていく。
真夜中の独りぼっち。
眠れない夜と格闘する少年の味方は、ラジオの深夜番組だった。
ラジオはいつもどんな時も沢山の声を聞かせてくれた。
落語や漫才、ラジオドラマ、サラリーマンや主婦の人生相談、ちょっとエッチな話し、ロックンロール。
「ラジオの肉声が朝までそばにいてくれる。」
その安心感だけで、張り詰めた神経がゆるみ、血液が流れを取り戻すのがよくわかる。
そして、血のめぐりは安心と眠気を連れてくる。
朝も近い深夜未明。
眠気を帯びてトロンとなる僕。
やっと子供らしい甘えん坊のように、しかし父は起こさぬように、僕は冷えた足裏を父のスネにペタリと張り付ける。
皮膚一枚のぬくもりを羽織って、少年はようやくスヤスヤと格闘を終える。
不眠だった僕の少年時代の話です。
2022年4月 田渕徹
田渕 徹
音楽家、詩人、三児の父。
ソロ弾き語りとバンド(グラサンズ)で全国活躍中。
自作曲、特に詩の世界に好評を
博し、近年では奇妙礼太郎への
音楽提供や映画
「愛しのアイリーン」主題歌の
音楽制作を担当。
その他、詩のワークショップ
「Word Watching」を主催する
など、音楽を軸とした多様な創作
活動に関わっている。
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田淵徹によるもの