童貞を持て余していた二十歳の夏。
無価値にあがいていた二十歳の夏。
なんとなく居心地が悪くなって実家を飛び出した二十歳の夏。
その夏、僕は彼女に出会い、大人になる。
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ある日、実家を飛び出して僕がたどり着いたのは結局無価値なワンルームマンション。毎月の家賃を支払うべく、僕はバイトからバイトへと渡り歩く日々を過ごしていた。
そんなとある夏の短期バイトで知り合った地方出身の二つ年下の女の子。
金髪ボブで椎名林檎好きでタイトなデニムスカートがよく似合う健康的な女の子。
「可愛いけど気が強そうで近寄りがたい」が、第一印象だった。
彼女とは同じ時期にバイトに入ったものの、はじめはコミュニケーションを取る機会があまりなかった。しかし僕は出会って早々に、自分にないものをたくさんもって現れた”地方出身健康的美少女”に強く惹かれ、彼女が都会に思い描く夢物語を想像しては「僕も彼女の物語の登場人物になりたい」と思いはじめていた。
一歩どころか二歩三歩間違えた童貞特有の妄想癖である。
やがて、バイト仲間を介して少しずつ彼女と話すようになったある日、どちらかが誘うわけでもなく「二人で遊びにいこう」ということになった。しかし、思いがけないチャンスをうまくモノにできないのが童貞たる理由。
気の利いたデートコースも知らない僕は、4900円の中古自転車の後ろに彼女を乗せ「年寄りでも知っているような”若者スポット”」を案内するという駄目企画を実行する。
”都会生まれ遊び知らず”の童貞野郎の精一杯の背伸びだった。
お金のない二人は、華やかな街でショッピングをするわけでもなく、自転車でブラブラと街を流し、時折、路肩のベンチに座り込んで人間観察をしたり、ただただ空白の時間を過ごした。
失敗だと思ったデートだったけれど、気になる女の子と過ごす”どうでもいい時間”がとても新鮮で、僕は満たされていた。
彼女も「楽しい。こんな感じは初めて。」と言った。
まがいなりにも喜んでもらえたことが僕を誇らしげな気持ちにさせ、彼女の心底楽しそうな空気を背中に感じながら漕ぐペダルは、二人分でも軽やかだった。
生温い八月の風さえ、心地よかった。
帰り道の安酒場。
未成年の彼女と、成人なのに呑めない僕とで酌み交わしたお酒。弾む会話。打ち解ける空気。やがて打ち明ける童貞の事実。
ここでの乾杯が、のちに夜のボーダーを超える引き金となる。
店をでて漕ぎ出す自転車の後ろ、眠たくて甘ったるい声。腰に絡みつく白く細い腕。背中に感じる温かい吐息。
彼女が自分のすべてを僕に委ねている気がして、僕は思わず怖気付いた。
怖気付きはしたが、童貞としてこの先の予感に足を踏み入れずにはいられなかった。さっきまでの千鳥足は目的を見つけ、確かな足取りで夜のゴール地点を目指した。
たどり着いたワンルームマンション。
童貞臭のする敷きっぱなしの布団に彼女を寝かせる。
「やっぱり何もなかったことにして眠ろう」と電気を消した瞬間、僕らのスイッチは”ON”になる。
最中のBGMはセックスピストルズ。サブカルの受け売り。
隣から苦情が来るくらいの音量でアナーキー・イン・ザ・U.K.。
童貞であっても、せめて「アダルトビデオの見過ぎ」とだけは言われないように注意し、誠実さをキープしながら、丁寧に彼女を脱がせていく。
汗ではりついたシャツを脱がし、ようやく出会えた下着姿。地味な下着に不釣り合いな攻めの乳房。
童貞の予備知識では到底太刀打ちできない混沌の前で僕は恥ずかしいくらい無垢だった。
すこし厚めの彼女の唇が僕の一部に触れた途端に薄れていく意識。
理性を失う前にスキンを装着すると、僕は彼女のリアルを探した。
はじめましてのことだらけで相手の目を見る余裕もない年上の僕を、年下の彼女は優しく見つめ、受け入れてくれた。
ムードも作れないほど狭い間取りのなかで熱気は否応なくぶつかりあい、僕は敗者となった。
「”初めて”どうだった?」って彼女。
「キスが良かった。」って僕の感想。
二人して笑いあった。
朝焼けのワンルームマンション。
午前5時の表彰台。
童貞からの卒業。
駐輪場の前でキスして別れたあと、僕らは今日も同じ職場でアルバイトをする。
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※この物語は知人の体験談を元に綴られたフィクションです。
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2022年2月 田淵徹
田渕 徹
音楽家、詩人、三児の父。
ソロ弾き語りとバンド(グラサンズ)で全国活躍中。
自作曲、特に詩の世界に好評を
博し、近年では奇妙礼太郎への
音楽提供や映画
「愛しのアイリーン」主題歌の
音楽制作を担当。
その他、詩のワークショップ
「Word Watching」を主催する
など、音楽を軸とした多様な創作
活動に関わっている。
当サイトTOPの詩、おハナ畑も
田淵徹によるもの
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